2010年4月27日火曜日

私が少年だった頃のアメリカ人との交流について!4月27日

 私が幼い頃過ごした広島県呉市には、アメリカ人が数多く住んでいた。私はあるアメリカ人の少年と知り合いになり一緒に野球をするようになった。
 アメリカ人の監督が私の熱心な態度を気に入ってくれて、
「はい、君は今日は四番を打ちなさい」
 と言ってくれた。
私はびっくりして、
「ぼくは日本人ですよ」
 と言葉を返すと、
「そんな事関係ないです」
 とアメリカ人の監督は言うのである。私はこの日アメリカ人のティームで大活躍をした。家に帰り父親にこの事を言うと、父親は、
「これがアメリカのパワーなんだ。かつての敵国の子供をなんなく四番に据える。この大きな度量は日本人にはない世界だ」
 ときっぱりといった。
私の父は日本海軍の将校で、英語もしゃべれたしアメリカの事をよく知っていた。
 そのころの日本の少年野球の世界は、
「コネとゴマすりの世界」
 だったのである。
私はこの時子供ながら、
「日本は戦争に負けるはずだ。自分の立場しか考えずティームワークが得意ではない」
 こう思った。
あれから40年以上経ったが、良いにつけ悪いにつけ、
「日本および日本人は変わっていない」
 私はこう思う。
「ジャパン・イズ・ジャパン、ジャパニーズ・イズ・ジャパニーズ"Japan is Japan. Japanese is Japanese."」
 である。
日本はこれでいいのだろうか。

1 件のコメント:

  1. "Get to know my father is American"
    This phrase is no good. My father is Japanese.
    "I say this his father" is wrong.
    "I say this my fater" is right.

    返信削除